最高裁判所第一小法廷 昭和42年(あ)2220号 決定 1970年7月02日
主文
本件上告を棄却する。
理由
被告人篠田英悟の弁護人石川勲蔵の上告趣意は、憲法一三条、一四条、二一条、三一条違反をいう点もあるが、その実質は、すべて単なる法令違反、事実誤認、量刑不当の主張であつて、上告適法の理由にあたらない。
被告人小池一臣の弁護人平野静雄、同義江駿、同輿石睦、同水谷勝人、同原田昇、同山本栄輝、同吉田欣二の上告趣意第一点は、憲法三一条、二一条違反をいうが、行為は、一定の目的等の主観的意図にもとづくものであることによつて、違法性を帯びあるいは違法性を加重することがありうるのであるから、その主観的意図の存在を犯罪の構成要件要素とすることは決して不合理なことではなく、また、破壊活動防止法三九条および四〇条は、その所定の目的をもつて、刑法一九九条、一〇六条等の罪を実行するための具体的な準備をすることや、その実行のための具体的な協議をすることのような、社会的に危険な行為を処罰しようとするものであり、その犯罪構成要件が不明確なものとも認められないから、所論はいずれも前提を欠き、上告適法の理由にあたらない。
同第二点は、単なる法令違反の主張であり(なお、刑訴法は、公訴棄却の裁判の申立権を認めていないのであるから、公訴棄却を求める申立は、職権の発動を促す意味をもつに過ぎず、したがつて、これに対して申立棄却の裁判をする義務はないものと解するのが相当である。)。同第三点(弁護人平野静雄の上告趣意補充訂正を含む。)は、単なる法令違反、事実誤認の主張であり、同第四点は、量刑不当の主張であつて、いずれも上告適法の理由にあたらない。
よつて、刑訴法四一四条、三八六条一項三号により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。(岩田誠 入江俊郎 松田二郎 大隅健一郎)
弁護人石川勲蔵の上告趣意
第二点原判決には判決に影響を及ぼすべき訴訟手続に法令の違反があり、その違反は原判決を破棄しなければ著しく正義に反すると認められる。
(公訴棄却の申立に対する判断なきこと)
弁護人等は本件公判の第一審第一回法廷に於て、被告人等の公訴事実の認否に先立ち起訴状に対する意見を陳述して公訴棄却の申立をなした。右申立の要旨は次のとおりである。
「即ち本件の起訴状には、訴因の明示のためには不必要である上に裁判官に事件につき予断を生ぜしめる虞のある諸多事項の記載が存し、右は刑事訴訟法第二五六条六項が同項規定の趣旨に於て之を禁じたものであることは判例、通説であり、加之、これらの余事記載の起訴状が公開の法廷に於て朗読せらるるときは、事件局外者(川南工業株式会社)にまで迷惑を及ぼし、その社会的評価、経済信用への悪影響を伴い不測の禍害を蒙らしめるものであり、且つ被告人等をして実体審理以外の手続段階に於て、各人内心の政治的傾向につき、自己の容認する以外のものを公然暴露せしめられたものであつて刑事訴訟法第一条が規定する、刑事訴訟は、公共の福祉の維持と個人の基本的人権の保障とを全うしつつ実施さるべきものとの目的精神に背馳し且つ、刑事訴訟規則第一条に謂うところの憲法の所期する裁判の公正を観念的にも実際的にもやぶるものであり、これは少くとも裁判所に法の正当な適用を請求(検察庁法第四条)するための起訴状の記載としては不穏当違法な記載であり、このような不法乃至違法な記載ある起訴状による本件公訴は、公訴提起の手続がその規定に違反したため無効であるとせらるべきである。
よつて本件公訴に対しては刑事訴訟法第三三八条により判決で公訴を棄却すべきである」と。
(弁護人等提出の昭和三十七年七月十二日附起訴状に対する意見書)
然るに第一審判決は、弁護人等の右申立に対して何等の判断をも示していない。右判断の欠如は、明らかに刑事訴訟法第三三八条制定の精神に違反するものと謂わねばならない。
之に関し次の如き最高裁判所判例が存する。
「起訴状の謄本が所定期間内に送達されなかつたとして検察官がさらに公訴を提起した場合に、弁護人から同一裁判所に二重の起訴があつたものとして公訴棄却の申立があつたとしても、裁判所は最終の判決自体においてその判断を示せば足り、その都度申立に対し決定する必要はない」
(最高昭和二十五年(レ)一七号、同二十八年一月二十二日一小決定刑集七巻一号26頁)
右によれば申立の都度決定をする必要はないが最終判決においては、申立に対する判断を示すべきであることを言外に表現したものに外ならず、結局本件に於て原判決中にその判断が全く示されなかつたことは、刑事訴訟法第三三八条の規定に違反するものであり、右訴訟手続中の法令違反は判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、刑事訴訟法第三七九条における控訴理由となることが明らかである。
この点に関し控訴判決は、
原判決は終局裁判として実体判決をしたのであるから、右公訴棄却の申立が理由のないものであることを当然判断しているわけであつて、公訴棄却の申立に対し、特に明示的な判断を示すことは刑事訴訟法上も要請されてはいないのであ
るとの理由によつて一審判決の態度を支持している。然し乍ら、之はおかしい。実体判決をしているから公訴棄却の申立については理由なしとの判断をしているものということは即断はできないなぜならば公訴棄却の申立を理由なしと考えているために実体判決をしたのであるのか、公訴棄却の申立を理由ありと考えてはいたがその判断を遺脱してしまい、なすべきでないにも拘らず実体判決に入つてしまつたのかは、実体判決をしているというだけからは明らかでないからである。従つて、実体判決をしたということを以て公訴棄却の申立については理由なしとの判断を示したものというを得ないことは明らかであつて、この点控訴判決の判示理由は誤りというべきである。前掲最高裁判所判例に於ても「その判断を示せ」とあり、明示的にせられない限りどちらとも解せられるような示し方は苟くも「判断を示した」ものというを得ない。そうとすれば一審判決には明らかに法令の違反がありその故を以て破棄を免れなかつたものというべく之を看過容認した控訴判決は刑事訴訟法そのものを無視するものであつて、その結果は判決に影響を及ぼすこと明らかであり且著しく正義に反するものであるが故に上告破棄せられるべきものと信ずる。